親のやり方から一歩を踏み出すまで。事業承継の壁を乗り越え、新たな風を吹き込んだ軌跡
閉塞感に満ちた会社と、受け継ぐことへの重圧
父が築き上げた事業を引き継ぐことになった時、私は希望よりも不安を感じていました。長年続いてきた会社は、外からは安定しているように見えましたが、中には独特の閉塞感が漂っていたのです。新しい技術や市場の変化に乗り遅れている感覚があり、従業員の間には「これまでこれでやってきたから大丈夫だ」という、どこか諦めにも似た雰囲気があったように思います。
私が新しいアイデアや効率化の提案をしても、「前例がない」「面倒が増えるだけ」といった言葉で受け流されることが多く、壁を感じていました。父の築いた基盤への尊敬がある一方で、このままでは立ち行かなくなるのではないかという危機感もあり、その狭間でどう動けば良いのか分からずにいました。リーダーとして皆を引っ張っていく自信もなく、「私には無理なのかもしれない」と、早くも弱気になってしまう自分がいました。
独りよがりの改革と深まる孤独
事業を引き継いでからも、状況はすぐに好転しませんでした。私の焦りから、一方的に新しいルールを導入したり、強引に古いやり方を否定したりしてしまったのです。良かれと思ってやったことが、かえって従業員の反発を招き、社内の雰囲気はさらに悪化しました。「お嬢さんには現場の苦労は分からない」「前の社長のやり方が一番だった」といった陰口が耳に入るたびに、心が深く傷つきました。
信頼関係を築けていないのに、形だけの改革を進めようとした自分の甘さを痛感しました。会社の中で完全に孤立してしまったように感じ、誰にも相談できずにいました。過去の、何か新しいことを始めようとしてもうまくいかなかった経験や、周囲に受け入れてもらえなかったトラウマがフラッシュバックし、「やはり自分は何をやってもダメな人間だ」という自己否定の感情に囚われていきました。毎朝会社に行くのがつらく、重い足取りで出社する日々が続きました。このままでは、会社だけでなく、私自身の心も壊れてしまうのではないかという恐怖を感じていました。
対話が繋いだ心と、小さな変化の連鎖
この状況をどうにかしなければ、と藁にもすがる思いで、以前知人の紹介で知り合った経営コンサルタントの方に相談を持ちかけました。その方から言われた「会社の課題は、システムや技術以前に、そこで働く人たちの心にあるのかもしれませんね」という言葉に、私はハッとさせられました。私は、目に見える課題ばかりに囚われ、一番大切な「人」を見ていなかったのです。
そこから、私はやり方を変えました。一方的な指示ではなく、従業員一人ひとりと個人的に話す時間を持つようにしました。仕事のことから、最近あった嬉しいことや困っていることまで、壁なく話せる雰囲気を作るように努めました。最初は戸惑っていた皆も、少しずつ本音を聞かせてくれるようになりました。「実は、あの作業にもっと時間がかかっているんです」「お客様はこういうことに困っているみたいです」といった現場のリアルな声を聞く中で、私だけでは気づけなかった課題や、改善のヒントがたくさん見つかりました。
すぐに大きな改革をするのではなく、皆から出た小さなアイデアをすぐに実行に移し、その結果を共有するようにしました。例えば、ある従業員の提案で、書類の管理方法を少し変えてみたところ、作業時間が大幅に短縮できたのです。「自分の声が聞き届けられた」「会社が良い方向に変わっている」という実感が、皆の意識を少しずつ変えていきました。私も、自分の弱みや不安を正直に話すようにしました。完璧なリーダー像を取り繕うのではなく、「みんなの力を借りたい」と素直に伝えることで、かえって皆が協力してくれるようになったのです。過去の失敗から学んだ「一人で抱え込まない」という教訓を、ようやくここで活かすことができたと感じています。
協働がもたらす希望と、未来への一歩
対話を重ね、小さな成功を積み重ねることで、会社には少しずつですが、確実に変化の風が吹き始めました。従業員の表情は明るくなり、自ら改善提案をしてくれるようになりました。皆が「自分たちの会社を良くしよう」という当事者意識を持つようになったのです。新しい技術の導入も、以前のような抵抗はなくなり、「どうすれば使いこなせるか」を皆で考えるようになりました。
私自身も、リーダーとしての自信を持てるようになりました。それは、私が皆を「引っ張る」存在になったのではなく、皆と「共に歩む」存在になれたからです。過去の閉塞感や孤独感は、今は「皆と共に乗り越えた経験」として、私の大きな財産となっています。あの時、独りで抱え込まず、外の助けを求め、そして何より、会社の「人」と向き合うことを選んで本当に良かったと感じています。
今後は、皆で話し合いながら、新しい事業分野への挑戦も視野に入れています。そして、私が経験した事業承継や組織の変化のプロセスで得た学びを、同じように困難を抱える他の方々と分かち合う機会を作りたいと考えています。過去の苦悩が、誰かの希望へと繋がるのなら、これほど嬉しいことはありません。
困難の中で見出す、共に進む力
事業承継という大きな壁にぶつかり、一度は孤独と絶望を感じました。しかし、立ち止まらずに対話を続け、皆と共に小さな一歩を踏み出すことで、会社も私自身も再生することができたのです。困難な状況にある時こそ、自分一人で抱え込まず、周囲の人々に心を開いてみること。そして、たとえ小さな変化であっても、その積み重ねがやがて大きな希望へと繋がることを、私の体験を通してお伝えできれば幸いです。共に困難を乗り越え、新たな道を切り拓いていく力は、きっと誰の中にも存在しています。