顧客からの心無い要求に傷ついた過去。境界線を築き直し、健全な関係性と事業を再生した歩み。
顧客対応の影で心をすり減らした日々
自営業を始めて数年が経ち、仕事も軌道に乗り始めた頃のことです。お客様との良好な関係は事業の基盤だと信じ、どんなご要望にもできる限りお応えしようと努めていました。しかし、一部のお客様からの、度を超えた、あるいは私の専門範囲を逸脱するような要求が増えてきたのです。最初は「お客様のためなら」と思って無理をして対応していましたが、次第にそれはエスカレートしていきました。
期日を無視した急な依頼、専門外の作業の強要、さらには根拠のない批判や人格を否定するような言葉を浴びせられることもありました。丁寧にお断りしようとしても聞き入れてもらえず、感情的な言葉で責め立てられることもありました。
押し寄せる波、過去の記憶
そのような理不尽な状況に日々晒される中で、私の心は確実に蝕まれていきました。常に緊張感がつきまとい、お客様からの着信があると動悸がするようになりました。夜も眠れなくなり、食欲もなくなっていきました。
何よりも辛かったのは、そのような心無い言葉を受けるたびに、過去に経験した人間関係での辛い記憶や、自分が否定されたと感じた出来事が鮮明にフラッシュバックしたことです。過去の傷が癒えていない部分に、新たな傷が上塗りされるような感覚でした。自分には価値がないのではないか、私の仕事ぶりには問題があるのではないか、と自分自身を責めるようになりました。自信は完全に失われ、人との関わりを持つこと自体が怖くなっていきました。このままでは事業を続けていくことも、自分自身の心を守ることもできない、という絶望感に苛まれていました。誰かに相談することもできず、一人でその苦しさを抱え込んでいました。
「境界線」という言葉との出会い、そして小さな一歩
ある日、あまりの精神的な疲弊から、体が全く動かなくなってしまいました。その時、初めて「これは自分の力だけではどうにもならない」と強く感じ、以前から気になっていたカウンセリングを受けてみることにしました。
カウンセラーの方は、私の話を静かに聞いてくださいました。そして、私の抱えている問題は、お客様との間に「境界線（バウンダリー）」が曖昧になっていることにあるのだと教えてくださいました。自分と他者の間に適切な線を引き、守るべきものを守ること、それはわがままなのではなく、自分自身を大切にするために必要なことなのだと。
最初は、「お客様に嫌われたらどうしよう」「事業が立ち行かなくなるのではないか」という恐れが強く、境界線を引くことに抵抗がありました。しかし、カウンセリングを通して、少しずつ自分自身の心を守ることの重要性を理解し始めました。
小さなことから実践してみることにしました。無理な期日の依頼には「申し訳ございませんが、〇日以降の対応となります」と具体的に伝え、専門外の要求には「私の専門範囲外となりますので、信頼できる別の専門家をご紹介しましょうか」と代替案を提示するなど、断るだけではなく、丁寧かつ明確に伝えることを意識しました。感情的な言葉に対しては、深呼吸をして、相手の感情に巻き込まれすぎないように努めました。最初は勇気が必要で、手も震えましたが、一歩踏み出すたびに、ほんの少し心が軽くなるのを感じました。
また、過去のトラウマにも丁寧に向き合う時間を持ちました。当時の感情を認め、辛かった自分を癒す作業は容易ではありませんでしたが、少しずつ過去と現在の自分を切り離して考えられるようになっていきました。
再生した関係性と事業、そして新たな関心
境界線を意識し、自分を大切にするようになってから、人間関係が少しずつ変化していきました。理不尽な要求をしてくるお客様との関係は自然となくなっていきましたが、その代わりに、私のスキルや人柄を尊重してくださるお客様との関係が深まっていきました。無理な受注を減らしたことで、一つ一つの仕事に丁寧に向き合えるようになり、結果的にサービスの質も向上しました。
何よりも大きかったのは、自分自身の心を取り戻せたことです。常に感じていた重圧から解放され、朝、気持ちよく仕事に向かえるようになりました。過去のフラッシュバックに苦しむことも減り、自分自身を受け入れられるようになったことで、失っていた自信も徐々に戻ってきました。
この経験を通して、「自分を守ること」の大切さ、そして「適切な境界線を築くこと」が、健全な人間関係や事業運営にいかに不可欠であるかを痛感しました。そして、過去の辛い経験は、乗り越えることで誰かの役に立つ力になり得ることを学びました。
現在は、事業を安定させつつ、この経験をどのように活かせるかを模索しています。同じように人間関係で悩んだり、自分を責めてしまったりする人の力になれるような活動にも関心を持つようになりました。
困難を乗り越えた先に
困難な状況に直面した時、自分だけではどうにもならないと感じることもあるかもしれません。しかし、必ず道はあります。自分を大切にすること、誰かに助けを求める勇気を持つこと、そして自分自身との間に、そして他者との間に適切な境界線を築くこと。それは、自分らしい人生を歩み、事業を継続していくために必要な、そして可能なことなのです。過去の経験は決して無駄にはなりません。その全てが、未来の自分を強くし、誰かの希望となる力へと変わっていくと信じています。