「良い人」でいたくて、事業の軸がブレた。自分らしい価値を取り戻し、事業を再生するまで。
始まりは「期待に応えたい」という純粋な気持ちから
私は長く自営業として、ある専門性の高いサービスを提供してきました。開業当初は、とにかくお客様に喜んでいただきたい、取引先からの期待には全て応えたい、という一心でした。それが「良い人」であること、そして事業を成功させるための道だと信じて疑いませんでした。
お客様からの要望には、たとえ採算が合わなくても「できます」と答え、取引先からの急な依頼にも無理を聞いて対応しました。競合他社が提供するサービスを真似てみたり、業界の権威と呼ばれる人の意見に盲目的に従ってみたりもしました。「こうすればきっと評価される」「あの人のようにならなければ」という思いが、私の行動基準になっていたのです。
気がつけば、事業の根幹が揺らいでいた
その結果、どうなったでしょうか。確かに、一時的には「良い人」として見られていたかもしれません。しかし、私の事業には明確な「軸」がなくなってしまいました。
本来、自分が提供したい、そして得意とするサービスの核が見えなくなり、手当たり次第に引き受ける雑多な業務が増えました。一つ一つの仕事に集中できず、質が落ちたと感じることもありました。何よりも辛かったのは、お客様や取引先のために奔走しているはずなのに、なぜか満たされない、空虚な気持ちが募っていったことです。
朝起きてもやる気が出ず、漠然とした不安に襲われる日が増えました。「このままで良いのだろうか」「何のためにこの事業をしているのだろう」という問いが頭の中を巡りました。過去に人間関係でつまずいた経験が、根底に「人から嫌われたくない」「見捨てられたくない」という強い恐れとなって残っていたのかもしれません。その恐れが、「良い人」でいなければという無意識のプレッシャーとなり、私の事業の舵取りを歪めていたのです。
経営状態も徐々に悪化していきました。無理な受注や価格競争への参入で利益率は下がり、長時間労働にもかかわらず、事業は停滞の一途をたどりました。心身共に疲弊し、「もう事業を畳むしかないのか」と絶望的な気持ちになった時、ようやく立ち止まることができたのです。
限界から見えた「本当の価値」
限界を感じたその時、友人から紹介された経営者向けの小さな勉強会に参加しました。そこで、私とは全く異なるアプローチで事業を成功させている方々の話を聞き、衝撃を受けました。その方々は、皆、ご自身の「軸」や「哲学」をとても大切にされていたのです。お客様の全ての要望に応えるのではなく、自分たちの強みや信念に基づいたサービスを堂々と提供されていました。
その勉強会で、「あなたは、本当は何のためにこの事業を始めたのですか?」「誰に、どのような価値を届けたいのですか?」と問われた時、言葉に詰まりました。いつの間にか、他者の期待に応えることばかりに気を取られ、一番大切な「自分の想い」を見失っていたことに気づいたのです。
そこから、私の「再生」への道のりが始まりました。まずは、事業を始めた時の純粋な情熱や、提供したかったサービスについて深く内省する時間を持ちました。過去の挫折経験や、そこから学んだことも含め、自分の強みや弱みを客観的に見つめ直しました。
そして、勇気を出して信頼できる経営者仲間やメンターに相談しました。彼らは私の状況を否定せず、私の内にある「本当の想い」を引き出す手助けをしてくれました。一人で抱え込んでいたものが、少しずつ整理されていくのを感じました。
次に、事業内容を見直しました。本当に価値を提供できるサービス、自分が情熱を傾けられるサービスに絞り込む決断をしました。お客様や取引先からの要望に対しても、安易に引き受けるのではなく、一度立ち止まって「これは自分の事業の軸に合っているか」「本当に価値を提供できるか」と自問するようになりました。心苦しさを感じることもありましたが、丁寧にお断りしたり、代案を提案したりすることで、かえって健全な関係性を築けることが分かったのです。
自分らしい価値が、事業を輝かせる
軸を定めてサービスを絞り込んだ当初は、仕事が減るのではないかと不安でした。しかし、不思議なことに、本当に私のサービスを必要としているお客様との出会いが増えていったのです。私の提供する価値を理解し、高く評価してくださるお客様との関係は、以前よりもずっと深く、信頼できるものになりました。
事業の効率は上がり、収益性も改善しました。何よりも大きかったのは、自分自身の内面に変化が起きたことです。「良い人」であろうとするのではなく、「自分らしい価値を提供する人」であろうと努めることで、自己肯定感が少しずつ育っていきました。他者の評価に一喜一憂するのではなく、自分の内なる声に耳を澄ませ、自分の基準で行動する勇気を持つことができたのです。
今、私は自分の事業に確固たる軸を持ち、自信を持ってサービスを提供できています。過去の「良い人」でいなければという囚われや、それによって事業が迷走した経験は、私にとってかけがえのない学びとなりました。あの時の苦悩があったからこそ、自分自身の本当の価値、そして事業を通して社会に届けたい価値が明確になったのだと感じています。
あなた自身の「軸」を大切に
もし今、あなたが周りの期待に応えようとしすぎて、疲弊していたり、事業の方向性を見失っていたりするなら、少し立ち止まってご自身の心に問いかけてみてください。あなたは本当は、何を大切にしたいですか?誰に、どんな価値を届けたいですか?
過去の経験から生まれた恐れや、「ねばならない」という思い込みを手放すのは簡単なことではないかもしれません。しかし、あなた自身の「軸」を見つけ、それを大切にする勇気を持つことが、事業の再生だけでなく、あなた自身の人生をより豊かに、輝かせることにつながると私は信じています。
過去の困難は、必ずあなたの力になります。自分自身の声に耳を澄ませ、あなたらしい一歩を踏み出してみてください。応援しています。